【注目記事】丸パクリ歓迎・小論文 理想の医師像

制約つきの医学部合格

私は産婦人科の後期研修医。

最近は専攻医というが、地方の病院であくせく働く日々を過ごしている。今回は、私が高校生から大学生活まで感じたことを具体的な体験を通して伝えた。同ような境遇の人の支えや周囲の考えが変わるなど変化をもたらすことができれば嬉しい。

 

医学部に合格

大学受験は推薦入試で合格したので、誰よりも早く受験戦争から帰還した。

国公立大学の受験では、1次試験にあたるセンター試験を受験し、2次試験の前期または後期の学力試験を受けることが一般的だ。しかし、私は推薦入試という特殊な入試制度を利用したため、センター試験の後は、2次試験として学力試験ではなく小論文と面接試験を受験した。これが人生の大きな間違いの始まりだった。

元々、裕福な家庭でなく地元の公立学校でしか過ごしたことがないため、学歴に多少なりともコンプレックスを持っていた。
そんな中で、人のために働ける仕事、高給、何となく自身の健康にも繋がる、そんなイメージで医師を志すようになった。

受験校の推薦入試

受験校の推薦入試は募集要項が非常に厳格で、そのためか最近の倍率は2~3倍。医学部入学には手段を厭わない姿勢だっため、逆にチャンスと思い、必死に高校の担任先生に受験したいと訴えた。初めは鼻で笑われると思ったが、熱心に指導してくださり、放課後にまで授業をしてくれる先生もいた。

そんな中で何とかセンター試験型の模擬試験でよい点数も取ることができ、自信もついてきた。ただ、2次試験で出題されるような難問はちんぷんかんぷんだった。

入試では2次試験が小論文と面接試験のみだったことが功を奏した。あれよあれよと医学部合格にこぎつけたが、入学してからが大変だった。幼少期から英才教育を受けてきた同級生らの頭の中の処理速度がスパコンのように思えた。医学部の授業についていくのが必死で気の知れた友人にいつも解説してもらう日々を過ごした。

私の受けた推薦入試は、「卒後9年間を地元の特定の診療科で勤務する『義務』を引換えに莫大な奨学『金』が手に入る」という条件の推薦入学だったので、大学生活を過ごす中で金銭面に何一つ不自由はなかった。
それでも「金」には貪欲で、空いた時間を見つけてはバイトに出掛け、気づけばサラリーマンの父の月収を超えていた。

 

大学4年生から2年程度かけて全ての診療科の病院実習

前述の通り将来進む診療科に制限があったため、行く先々の先輩医師に「ここの科には入れないんだよね」とあしらわれた印象があった。ある診療科では気を遣ってくれて「奨学金なんか働いたらすぐ返せるから返納するつもりでうちにおいでよ」と言ってくれた。「優しい医者もいるもんだな」と思ったが、その人達が奨学金を返済してくれるわけではないため、「無責任な人だな」と思い、だんだん嫌悪感も湧いてきた。自分で目指した医師といえど、医療現場を実際に見ると自分がどう活躍できるのか、制限はあれど、そもそもどこの診療科に属すればよいのか迷う日々を過ごした。

 

他大学が主催している医学の勉強会

分の居場所がわからず、地方の医学部であったため外部との交流も少なく孤立が深くなってきた。

制約がこんなについていて、自分のように将来に悩んでいる医学生が他にいるのかと思い、情報収集として他大学が主催している医学の勉強会に積極的に出向くようになった。

そこでは、これまでの自分の立場や役職を捨ててまで「患者さんのために寄り添う医療を実現したい」という目標に突き進む医師が学生相手にレクチャーをしていた。
内容は診察のために裸になって聴診し合ったり、走り回ったり、みんなで考えあったりと座学だけでは学べない情熱を感じた。

 

そこで感銘を受け、自分の何かが変わった。自分のしたいことは診療科を悩むことではなく、患者さんを助けることで社会に役に立つことだと。ふと、自分の大学に帰ると同級生たちはそんな思いなどなく、ただ自分の進路に悩む日々を過ごしていた。正直、そんな同級生をみてかわいそうだなと思った。

 

同じ境遇の他大学生の医学生との出会い

そんなとき、奨学金貸与でへき地勤務が義務となっている自治医科大学生と話をすることができた。

自治医科大学のA氏は明るい性格で勉強にも熱心だった。奨学金も6年間で2,000万円以上貸与される予定であった。

〈ちなみに、自治医科大学は栃木県にあり、入学するためには1月末頃に各都道府県で1次試験を行い、合格者のみ2月初旬頃に2次試験を行う。

私が受験した当時は1次試験を他大学医学部受験の力試しに受ける受験生が多数いた。自分もその一人であったが、あっけなく不合格だった。〉

自治医科大学の場合、貸与する1.5倍の年数、つまり「6年間の貸与×1.5年=9年間」を受験した都道府県の公立病院等で勤務、かつ半分の期間はへき地などの病院に勤務することで返済は免除される。9年間働ければそれだけで2,000万円以上もの大金が収入にプラスされるようなイメージである。なんとも有難い話ではあるが、A氏は言う。

「将来は親の金で返済して自由に好きな場所で働くことを考えるよ、まだ診療科も考えていないけどね」

何ともあっけない会話であった。私は口をふさぐことができなかったが、そういえば自分もお金があればそもそも将来についても悩まなかったし、医学実習で様々な医師から制約つきの学生かよと思われる筋合いもなかったのだと思った。
世の中ともかく金があればだいたい事足りるのかと思い自分に嫌気が差した。

大学生活はつくづく義務年限や特定診療科などの「制約」と奨学金や他大学の事情などの「お金」に悩まされた。

 

この記事を書いたのは

NEW RICE


地方の産婦人科専攻医。勉強や医師国試についての見識が深い。様々な制約がある中で地方医学部に進学した経験をありありと書く。2020年3月からFX始め、FXに関しての記事も執筆予定。現在-8万円。医療相談以外の質問あれば連絡を。自身で楽天ブログはてなブログも運営。

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@Wi6m59

 

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